旅先でのちょっとした油断が、大きなトラブルを引き起こすことがある。今回、自分がまさにそれを体験することになった。場所はフィリピン・ミンダナオ島の北部に位置する地方都市、Butuan(ブトゥアン)。観光地というよりも、のどかな地方都市といった趣で、日本人観光客の姿は見かけない。

今回の旅の目的は、友人と付き添いと、その土地の雰囲気を感じることだった。ブトゥアンに到着した初日、友人が用事で市役所に行くというので、付き添いがてら同行することにした。市役所まではタクシーを利用し、特に問題もなく移動は完了。フィリピンの地方都市は交通量も控えめで、空気ものんびりしていて快適だった。
しかし、事件は市役所についてすぐに発覚した。スマートフォンが手元にない。iPhoneが見当たらないのだ。嫌な予感がしてカバンやポケットをまさぐるも、どこにもない。タクシーの中に置き忘れたことに気づいた瞬間、血の気が引く思いがした。
iPhoneには、日本のクレジットカードと、念のため分散して持っていた現金1万円札も一緒に入れていた。財布とは別にしていたのが仇となった。すぐに友人と相談し、タクシー会社に連絡を試みるも、レシートなどはなかったため、車両番号もドライバーの名前も不明。まったく手がかりがないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
「もう戻ってこないかもしれない」――そう思いながらも、何度も自分のiPhoneに電話をかけ続けた。30分、1時間…諦めかけたそのとき、友人の携帯からコールした私のiPhoneに応答があった。聞こえてきたのは、英語混じりの優しいフィリピン人の声だった。
話を聞くと、その人物はタクシーの次の乗客だったらしく、私のiPhoneを座席で発見。なんとそのまま保持しながら、Facebookに「日本人の落とし物を見つけた」という内容の投稿までして、持ち主を探してくれていたのである。まさかそんな善意の持ち主がいるとは思ってもいなかった。SNSで拾得物をシェアしてくれるという文化がここまで根づいているとは、本当に驚きだった。

その後、拾い主との待ち合わせ場所を決め、友人と一緒に向かった。ブトゥアンの街なか、病院待合室での対面。子連れの女性で、表情はとても穏やか。手渡されたiPhoneは傷ひとつなく、同封していたクレジットカードや1万円札もまったくそのままだった。こちらが何度も感謝の言葉を述べると、「大丈夫です、あなたが見つかってよかった」と微笑んでくれた。礼として少額の謝礼を渡そうとする、少しためらった表情を見せたが受けとってもらえた。
フィリピンは治安が悪いという印象を持つ人も多いだろう。実際に、都市部ではスリや置き引きがあるのも事実である。しかし、今回の出来事はそのイメージを覆す体験であった。ブトゥアンの街は、観光地ではないぶん地元の人々が素朴で誠実な印象を持った。そして今回、iPhoneを拾って届けてくれたその女性の行動は、何よりそのことを裏付けるものであった。
今回の件で、あらためて痛感したことがある。それは「今や財布を失うよりスマートフォンを失う方が、はるかにダメージが大きい」ということだ。スマホがないと、Grabで配車もできない。ホテルの予約も確認できないし、航空券の情報にもアクセスできない。さらに、土地勘のない海外では、地図アプリも検索もできず、街の中で自分がどこにいるかさえ分からなくなる。財布をなくしてもカードや現金があればなんとかなるかもしれないが、スマホがないと「現代の旅人」はほぼ詰む。
今回、運良くiPhoneは戻ってきたが、もし戻らなかったら…その日のうちに飛行機で帰国する方法を探すことになっていただろう。現地通貨も少なく、クレジットカードも使えず、完全に詰んでいた可能性が高い。
幸運だったのは、善意の人に拾ってもらえたことと、友人と行動していたことだ。とはいえ、そうした偶然に頼るのではなく、今後はもっとしっかりと持ち物の管理をしなければならないと強く思った。
旅は楽しい反面、ちょっとしたミスが命取りになる。今回の出来事は、ただのハプニングではなく、自分の管理意識を引き締める良い機会となった。これから海外を旅する人にも、ぜひ伝えたい。「スマホは財布よりも大事」――この事実を胸に、持ち物管理には万全を期してもらいたい。
そしてフィリピン、特にブトゥアンのような地方都市には、実はこうして親切な人々が多く暮らしている。表面的なイメージや治安情報だけで判断せず、自分の目で確かめることの大切さもまた、今回の旅が教えてくれたのであった。
