バンコクの新しい中央駅として2021年に開業したクルンテープ・アピワット中央駅(Krung Thep Aphiwat Central Terminal)。
長年バンコクの玄関口だったフアランポーン駅から長距離列車の役割を引き継ぎ、現在はタイ国鉄の主要ターミナルとして機能している。
多くの人は今も「バンスー駅」と呼ぶが、この駅は単なる移転先ではない。人が集まったから中心になったのではなく、最初から“中心になる前提”で設計された駅である。
なぜバンコクは、都市の象徴でもあったフアランポーンから役割を移し、巨大な新中央駅を北部に建設したのか。その背景には、処理能力・拡張性・運行効率を優先する都市戦略があった。

なぜ新しい中央駅が必要だったのか
バンコクの鉄道の中心だったフアランポーン駅は、長いあいだ都市の入口として機能してきた。
円形ドームの駅舎は象徴的で、多くの旅行者にとって「バンコク到着」を実感する場所でもあった。
しかし、都市の成長とともに鉄道の役割は変化していく。列車の本数は増え、郊外路線は拡張され、将来的には高速鉄道計画も重なる。一方でフアランポーンは市街地中心部に近い場所に位置し、構造上これ以上の拡張が難しかった。線路の本数には限界があり、発着の処理能力にも制約がある。列車をさばくという機能だけを見れば、すでに都市の規模に対して余裕はなかった。
つまり問題は「古いかどうか」ではない。処理能力と拡張性が足りなくなったことだ。
そこで建設されたのが、バンコク北部に広大な敷地を確保して造られたクルンテープ・アピワット中央駅である。それは単なる移転ではなく、新しい構造を前提とした判断だった。

バンスー駅はなぜ「中心」として設計されたのか
クルンテープ・アピワット中央駅は、「人が集まったから中心になった駅」ではない。
最初から、中心として機能させる前提で設計された駅である。従来の都市では、交通の中心は自然に生まれることが多い。路線が集まり、人が集まり、結果としてそこが“中心”になる。
しかしこの駅は逆だ。まず巨大な処理能力を持つ駅を都市の外縁に置き、そこに長距離列車を集約し、時間をかけて中心として定着させる。人の流れに合わせて駅ができたのではない。駅に合わせて人の流れを変える設計だ。
だからこそ、開業直後は「遠い」「不便」「人が少ない」と感じられる。それは失敗ではなく、想定された移行期間にすぎない。この駅は、今ある都市の姿に合わせたものではない。これからの都市の姿に合わせて置かれた駅である。
クルンテープ・アピワット中央駅はどこへ行ける?なぜ遠く感じるのか
まず前提として、クルンテープ・アピワット中央駅は現在、タイ国鉄の長距離列車の主要発着駅となっている。チェンマイ方面、イサーン方面、南部方面など、従来フアランポーンを発着していた列車の多くがここに集約されている。

一方で、バンコク市内中心部へのアクセスは乗り換えが前提になる。徒歩圏にBTSはなく、MRTブルーラインとは接続しているものの、サイアムやアソーク方面へはさらに移動が必要だ。

クルンテープ・アピワット中央駅を初めて訪れると、多くの人がこう感じる。
「思ったより市内中心から遠い」
「周囲に何もない」
「フアランポーンの方が便利だったのではないか」
その感覚は自然だ。
実際、長年バンコクの玄関口だったフアランポーン駅は、旧市街と商業エリアのあいだに位置し、市内中心部に近い場所にあった。周囲には商業地区や観光地が広がり、“到着すればすぐ街に出られる”感覚があった。
一方、クルンテープ・アピワット中央駅は、都市の外縁部に置かれている。広い敷地を確保し、将来の路線拡張や高速鉄道接続を見越して設計された結果だ。
つまり「遠い」のは偶然ではない。拡張余地を優先した結果である。街の真ん中に巨大ターミナルを置けば、拡張は難しい。外側に置けば、今は不便でも、将来の柔軟性は高まる。
この駅は“今の便利さ”よりも、将来の運行効率と拡張性を優先している。だからこそ、開業直後の段階では空間が余って見え、人の流れも薄く感じられる。しかしそれは未完成ではなく、余白を前提にした設計である。そこに、この駅の考え方が表れている。
フアランポーンとの決定的な違い
長年バンコクの玄関口だったフアランポーン駅は、都市の成長とともに自然に中心へと押し上げられていった駅だった。路線が集まり、人が集まり、周囲に商業エリアが広がる。結果としてそこが“中心”になった。中心は、あとからついてきた。
一方で、クルンテープ・アピワット中央駅は順序が逆である。
まず巨大な処理能力を持つターミナルを用意し、長距離列車を集約し、将来の高速鉄道や都市拡張を前提に構造を組み立てる。人が集まる前に、中心としての機能を置いた。
フアランポーンが「都市の入口」であり「象徴」だったのに対し、クルンテープ・アピワット中央駅は「鉄道ネットワークの統合拠点」である。役割が違う。日本の駅でたとえるなら、性格として近いのは新大阪駅だろう。都市の中心(梅田駅)から少し離れつつ、長距離列車を効率よく処理する拠点という点で共通している。
ただし違うのは、クルンテープ・アピワット中央駅が“もう一つの拠点”なのではなく、フアランポーンが担ってきた長距離ターミナル機能を全面的に引き継いだ点にある。新大阪が梅田を完全に置き換えたわけではないように、都市の中心がすぐに移るわけではない。しかし鉄道の構造上の中心は、すでにこちらに移っている。
だからこれは、どちらが優れているかという話ではない。
フアランポーンは役割を終えたのではなく、役割を渡した。都市の象徴としての中心から、運行効率と拡張性を優先する機能的中心へ。そこに、バンコクが選んだ次の段階がある。
まとめ|バンスー駅はなぜ新しい中心になったのか

クルンテープ・アピワット中央駅は、単なる巨大駅でも、単なる移転先でもない。
それは、都市の象徴として自然に中心となったフアランポーン駅とは異なり、将来の鉄道ネットワークを見据えて置かれたターミナルである。賑わいの多さや立地の便利さだけで測れば、違和感は残る。
しかしこの駅が示しているのは、象徴よりも機能を優先するという都市の選択だ。
中心は地理や歴史の積み重ねによって生まれることが多い。しかしこの駅は、その流れとは異なる方法で置かれた中心である。その選択そのものが、バンコクが次の段階へ進もうとしている証だ。
かつての中心であるフアランポーン駅については、別記事で詳しく紹介している。

