フアランポーン駅は今どうなっている?中心でなくなった理由と現在地

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フアランポーン駅(Hua Lamphong Station)は、かつてバンコクの玄関口だった。
長距離鉄道の中心として、都市と地方を結ぶ役割を担い、国家インフラの象徴でもあった。日本人にとっては、北海道を走っていた日本の特急車両がタイで運行されていた駅として記憶している人もいるかもしれない。

現在、その中心的な機能は別の拠点へ移っている。本記事では、フアランポーン駅がどのように役割を変えてきたのかを、バンコクの交通構造の移り変わりとあわせて整理する。「フアランポーン駅はもう使われていない」と思われがちだが、実際には役割を変えながら現在も使われ続けている。

かつてフアランポーン駅は何を担っていたのか

フアランポーン駅のアーチ屋根とホーム全景
大きなアーチ屋根の下に広がる、かつてのターミナル駅のスケール感。

フアランポーン駅は、長い間バンコクにおける長距離鉄道の起点だった。
北部・東北部・南部へ向かう列車がここを発着し、都市と地方を結ぶ主要な玄関口として機能してきた。

フアランポーン駅の国鉄チケットカウンター
現在も国鉄窓口は残るが、利用者はだいぶ減っている。

駅は単なる交通施設ではなかった。当時、列車で首都バンコクに到着するという体験は、そのままフアランポーン駅に降り立つことを意味していた。大きなドーム状のコンコース、広い待合空間、正面に構えた駅舎は、国家インフラの象徴としての役割も担っていた。実際、王室行事や国家的なイベントと関連する場面で使われることもあり、交通量とは別の文脈で「格」を持つ駅でもあった。

この時代のフアランポーンは、都市内部の移動を支える駅というより、バンコクという都市への入口として位置づけられていたと言える。

筆者が初めてタイを訪れたのは約20年前のことだ。
当時はドンムアン空港から鉄道で市内へ向かい、終点として辿り着いたのがフアランポーン駅だった。構内に足を踏み入れると、想像以上に広い空間が広がり、ちょうど兵隊による式典のようなパフォーマンスが行われていた。詳細な背景は分からなかったが、駅というより、国家的な施設に入ったような空気を感じたのを覚えている。

2000年代のフアランポーン駅構内
長距離移動の起点だった時代のフアランポーン駅。

なぜフアランポーン駅は中心でなくなったのか

フアランポーン駅が長距離鉄道の中心でなくなった理由は、駅そのものの問題ではない。バンコクという都市の構造が変わったことが大きい。

バンコクは、長い時間をかけて外側へ拡張してきた。都市機能は中心部から放射状に広がり、交通の重心も次第に北側へ移動した。かつて「入口」として最適だったフアランポーンは、都市が広がるにつれて内側に取り込まれる位置になっていった。

加えて、長距離鉄道に求められる役割も変化した。大量輸送、乗り換え効率、車両基地との近接といった条件を満たすには、市中心部に近いフアランポーンより、より広い用地を確保できる新拠点の方が合理的だった。

その結果、長距離鉄道の機能は段階的に移され、フアランポーンは「都市への入口」から、都市内部の駅へと役割を変えていった。これはバンコクに限った話ではない。例えば東京でも、かつて地方からの玄関口だった上野駅が、現在は交通の中心ではなくなっている。都市が拡張すれば、交通の中心は再配置される。

ここで起きたのは、衰退ではない。都市の成長に合わせて、交通の中心が再配置されたという変化だ。

フアランポーン駅の中心機能はどこへ移ったのか

長距離鉄道は現在バンスー駅に集約されている。
広い用地を前提に設計されたこの駅は、編成長の長い列車や同時発着に対応しやすく、運行管理の効率も高い。

立地は市中心部からやや離れるが、その分、車両基地や関連施設をまとめて配置できる。長距離鉄道に求められる条件が「都市中心への到達」から「処理能力と拡張性」へ移った結果、拠点として合理的な場所が選ばれた形だ。

この移動は、フアランポーンの価値が下がったことを意味しない。役割が分かれただけである。
機能を担う拠点としてバンスーが前に出た一方、フアランポーンは都市内部の駅として位置づけを変えた。

フアランポーン駅は完全移転されたのか

ただし、この移行は「全面的な置き換え」ではなかった。
長距離列車の中心はバンスー駅へ移ったが、フアランポーン駅の発着がすべて廃止されたわけではない。当初は、列車の発着を全面的に新拠点へ集約する構想もあった。しかし実際には、普通列車や近郊列車、観光列車などの一部は、現在もフアランポーン駅発着として運行が続けられている。

フアランポーン駅ホームの出発案内板と列車
現在も一部の列車はフアランポーンを発着している。

具体的な例として、日本人にも馴染みのあるパタヤ方面がある。本数は限られ、日常的に使いやすいとは言えないが、現在もフアランポーン駅から発着する列車が設定されている。

フアランポーンを完全に廃止しなかったのは、感情的な保存ではなく、運用上の理由によるものだ。
都市中心部へのアクセスや既存利用者の動線、他交通機関との接続を考えると、この駅を完全に切り離すことは現実的ではなかった。

結果として、長距離鉄道の主要機能はバンスー駅に集約され、フアランポーンは近距離移動を担い続ける、という形に落ち着いている。

MRT直結が示すフアランポーン駅の現在の位置づけ

フアランポーン駅からMRTへの連絡通路
フアランポーンはMRTと直結している。
MRTフアランポーン駅の改札前コンコースとチケットオフィス
MRTフアランポーン駅の改札前。徒歩でアクセス可。

フアランポーン駅は、MRTフアランポーン駅と直結している。
これは、長距離鉄道の中心から退いた後も、この場所が都市交通のネットワークから切り離されていないことを示している。

駅とMRTの接続部には、地下鉄建設時の礎石が展示されている。

フアランポーン駅のMRT接続部に設置された地下鉄建設時の礎石と記念展示スペース
MRT建設起工を記念した礎石展示。国鉄の象徴だったフアランポーンと、新しい都市交通である地下鉄をつなぐ位置ある。


これは1996年、王室立会いのもと行われたMRT建設起工式を記念したもので、地下鉄が国家事業として始まったことを示す記録でもある。国鉄の象徴だったフアランポーンと、新しい都市交通であるMRT。
その両者をつなぐ位置にこの礎石が置かれていること自体が、フアランポーンの役割が「終わった」のではなく、次の交通体系へ引き継がれたことを静かに物語っている。

正直に言えば、現在のMRTフアランポーン駅は積極的に使いに行く駅ではない。ヤワラート方面であれば隣のワット・マンコン駅の方が便利で、観光や日常の移動において、この駅で下車する必然性は高くない。一方で、国鉄フアランポーン駅は、一部列車の発着や都市との接点としての役割を今も維持している。

まとめ|フアランポーン駅は今どうなっているのか

夜のフアランポーン駅正面。庭園越しに見えるドーム屋根とライトアップ

フアランポーン駅は、かつてバンコクの玄関口だった。
長距離鉄道の中心として、都市と地方を結ぶ役割を担ってきた。

現在、その中心的な機能は別の拠点へ移っている。一方で、駅が完全に切り離されたわけではない。
一部の鉄道機能は残り、MRTと直結することで、都市交通の内部に位置づけ直されている。

積極的に使いに行く駅ではない。しかし、それは不要になったからではない。都市の成長とともに、フアランポーンの役割は、少しずつ置かれる場所を変えてきた。

フアランポーンは、都市の中に残り続けている。この駅は、バンコクの交通が更新されてきた過程を、
最も静かに示す存在と言える。

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